(4)インターネットで繋がる時間と繋がらない時間

前回の(3)で書いたように、森の中のログハウスでは wifi がない為に、インターネットに繋がりません。

携帯も、なぜか窓の外に置かないと電波をキャッチしません。
キャッチしたところで3Gやら、Hという見たことのない通信状態だったり。。。

でね。

思ったのですが、ネットに繋がらなくちゃいられない??

なぜ?いつから?

世の中のニュースや、SNSの投稿、誰かが何かをしている、今流行っているのはこれ、儲かる方法。。。etc
そうした情報を絶えず浴び続ける日々。

それに慣れてしまうと、手放せば禁断症状のように気になってしまう。

こうしてインターネットが発達して、繋がり続けることで、衰えてしまった感覚がある気しませんか?

ネットが無かった時代は良かった。。。などとは、僕は思いません。

インターネットは、個人の時代を象徴する素晴らしいものだと、僕は思っているので。
それ以前は、一企業であるテレビや新聞などのメディアしか、広く伝えたり、見聞きすることはできなかったのだから。

僕が思うのは、繋がる繋がらない。
その「バランス」です。

外の世界と繋がらない時間を持つ。

そこで感じられたり得られたりするものは、画面の中で見聞きしたものではない、
手に触れられる距離のリアルな感覚と情報です。

そのリアルさを忘れてしまうこと。
つまり、ネットやテレビに依存する状態、ないと落ち着かない状態は、現実を見ていないことと近いので、とても危険で未熟じゃない?

さてさて具体的な話
じゃあ森の中で、どうバランスをとり仕事する??

僕と笑美では少し違います。

僕は、行方不明な人になります。

繋がりは定期的にメールをチェックしたり、留守電をチェックする程度。

というのが僕の場合、ここ数年仕事のオファーの多くはメールで来るようになりました。

そしてもうひとつ。
いつでも電話すれば繋がる、便利な人でいるのを、数年前に止めました。

ここでは、東京でなくとも出来る画像処理をおこなったり、本を読んだり、森を歩いて写真を撮ったり。
また、アイディアを考えたりと仕事をしながら、ジョギングしたり薪を割ったりと身体を動かしています。

ちなみに東京での僕は、テレビは持っていませんが、ネットに触れる時間は長い方だと思っています。

YouTubeでは、チャンネル登録して観ている人も多いし、画像処理の仕方から、ギターのフレーズ、さらに薪割りの仕方までを、全部英語のもので観ています。
好きなことを英語で見れば、英会話学習と一石二鳥です!

笑美の過ごし方は、僕よりも、もう少し東京の延長線上に見えます。

本を読んだり、料理をしたり、無農薬野菜を売る店を探し出向いたり。

こうして東京とは違う環境で、食や農業に関して調べ歩き、勉強しているようです。
環境が変われば、感じるものも、手に取れるものも変わりますからね。

また、skypeでのミーティングがあったり、ネットで調べ物があるときは、車で15分ほどのシェアオフィスへ行っているようです。

僕も一度行きましたが、ここが素晴らしい環境で、落ち着いて仕事ができる様子。

ネットに繋げ大きなデータを送る必要がある時には、僕もMac一式抱えて行こうと思っています。

こうして環境を変え、物理的にインターネットに繋がらない時間を作ると、時間の使い方も、身体の使い方も変わり、自身を見る機会が増えていきます。

「自分は誰で、何をしていて、どうなりたいのか?」

だいたい日常的に、周りに人が多すぎませんか?
オンラインでも。
オフラインでも。

人間としての基本に戻り、自分をよく見る時間を作りましょう。

そうやって、ときどき距離を作り、自分を客観視しないと、巻き込まれてしまいますよ。

世間というものの価値観に。

。。。というわけで、ネットは強制終了な、森の中の生活でした。
普段の生活が繋がっているからこそ、こうして離れる時間が大切なのです。