かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう その2

僕は写真が下手なんだと思う。まず落ち着きがない。これは仕事なんだとか、お金をもらっているからとか、プロだとか、作品だとか。それらは全て、写真を撮る上では雑念。そんなだから、ちゃんとひとを見ているのかでさえ、時折僕自身疑問に思う。そもそも、ちゃんと...

自分の真理。
それは一生掛けて見つけていくもの。もしも僕がすでに見つけられているのなら、この世にいる意味はないだろう。

ましてや、人様のに至っては、いくら頑張ってもせいぜい小さな穴から、ある一面が見える程度。

カメラ持ってヒョイっと登場して写るわけがない。何故なら、その人だって一生をかけて探しているほど、価値のある貴重なものなのだから。もしも僕が人の真理が見えるとか、引き出せると公言するのであれば、とてもおこがましい姿勢だと思う。そんな姿勢だったら、きっと永久に見えることはない。

今の僕が人様に出来ること。

それは、懸命に近づいていくことだけ。
懸命に、そのひとの姿を探して、
探して、
探して。。。

そうして、ようやく見つけた小さな穴に、一本のロウソクを置くこと。小さく揺らめく光で、その穴を照らすこと。それが人様に対し、僕が出来る全てだと思う。

僕にとっての光。

思い出すのは、
写真に憧れた僕に本当の光を見せてくれた、偉大な写真家たちの作品。
暗室の赤い光の中で、印画紙に浮かんできた画像を真剣に見ていた僕の師匠の眼差し。

かつて僕は、輝く真理のかけらをみつけた。
小さなそれは、大きな “たいまつ” で煌々と照らされていた。

きっと偉大な先人が、置いていってくれたのだろう。
後人が見つけられるように、光とともに。