旅と写真について

クアラルンプールにいます。急に思い立ち、出発3日前にチケットを取り出発しました。

行きの飛行機から

今日のLCC(ローコストキャリア)というのは恐ろいほどの自由を与えてくれます。僕が初めて初代iMacを買ってインターネットに繋いだ時はコミュニケートの解放を。そして今はLCCにより肉体移動の解放を実感しています。

僕がアシスタントだったバブル残る頃。

初めての仕事は、桃井かおりさん出演のCFで中国ロケでした。それはトルファン、ウルムチで遊牧民族と共に撮影するというもの。

そして翌月にはいすゞの車のCFでパリへ一ヶ月間のロケ。凱旋門から近い裏通りにある、パリらしい小さなホテルの中庭に面した部屋を与えられ、最初の2週間は毎日車でパリ中の道を走りロケハンしたことを覚えています。フランスが大好きになりました。

その後も年のうち多くを海外で過ごした20代の僕は、世界の広さと人種の多様性、そして誰もが幸せを希求し、人種や国籍を問わず笑顔とは素晴らしいものなのだと実感をしました。

お互いがお互いを尊重し合い、笑顔でいれば争いは起きないのです。

ここマレーシアは多民族国家でマレー系が50%、中国系が40%、そして10%のインド系の国民で構成されています。ここに住む人に聞くと、彼らはみんな仲良く手を繋いでいるわけでは無く、単に同じ国民として共存しているのだと分かります。

僕たち日本人は単一民族で、その国民性は調和を重んじ、多様性よりも協調や団結を重視しています。しかし物事には両面があり、それは「出る杭は打たれる」といった、その個性を否定的に見る傾向をも含んでいます。

そうした日常に暮らす中から飛び出し海外へ出ると、いかに自分が小さい世界と価値観の中で生きているのかと実感します。

地球上には沢山の人々が住み、それぞれの価値観で生きています。そうした人たちの暮らしを見たり感じたり、その人たちが食べるものを食べ、その人たちが乗るバスに乗り、政治を知り、友達を作り、街を歩く。現地の人たちと同じ行動をすると、その目線でものが見えてくるものです。

こうして旅をしていると、本当の意味での平和を考えます。

先ほど、ここマレーシアでは単に同じ国民として共存していると書きましたが、それはお互いを必要としているという共通した理念に基づいているから出来ることなのです。協調ではなく、お互いの個を認めるところから尊重が始まるのです。この差は大きなものですよ。概念と現実のどちらが発端かという話ですから。

これを書いている今、オーストラリアに住むモルジブ人の友達からメッセージが来て、同じモルジブ人のフォトグラファーが日本に行くので会わないか?と連絡がありました。

僕もどこかへ行く時はよく、その国の人を紹介してもらいます。つてがなければFBで訊いてみます。以前台湾に行った時は、FBで訊いたところカナダに住む日本人の友達のクラスメートが台湾人で、その人から映画の大学に行く従姉妹を紹介してもらいました。

こうして世界と繋がることは、特別なことでも、遠い世界のことでもありません。

世界共通語となった英語ができなくとも、アジアの人たちも自分たちの英語で話しています。イギリス人やアメリカ人の英語である必要はありません。日本人は高卒だって6年間も英語を勉強しています。言葉は正確かどうかが問題なのではなく、伝える熱意があるかどうかなのです。

そしてもうひとつ。僕の今回のエアチケットは往復で全て含んで3万円です。

7時間ものフライトが往復で3万円ですよ?
国内だったら新幹線で東京からどこまで行けるでしょう?

話は変わって写真について。

僕はこうした旅からとても多くのことを学んでいます。その人自身を見るという僕の撮影スタイルの原点は、まさにここにあります。

みんな違う。
違うから美しい。
その固有の美しさは必ず誰もが持つ。

それに気づいているかどうか。
僕にできることは、その手伝い。
フォトセッションではそういう気持ちでいつも臨んでいます。

終わりなき発見