菅原宏的写真術 その2

その1からの続きです。

こんにちは。フォトグラファーの菅原宏です。菅原宏的写真術と称し、写真の見方や撮り方、そして写真を通した心の話や僕自身のエピソードなどを、自己流で生きてきた私見のみ(!)で書いていこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。まずは自己紹介代わり...

当時は今ほど情報がなく、相模原育ちの僕にはツテもコネもありません。加えて映画の学校に通う気もありませんでした。

さて、映画を撮る人に成ると決めたはいいが、どうしたら成れるんだろう?

僕にとってのその答えは、しばらくして偶然手に取ったアルバイト情報誌の小さな枠内にありました。「カメラマンアシスタント募集、TVCF撮影その他ムービー撮影助手、経験不問」それは唯一見つけた、夢へ続く一本のシルク糸のようでした。

面接の日。

僕は紺色のスーツ(それもスリーピース)を着て西麻布にあるオフィスへ行きました。僕の前にもひとり面接をしているようで、近所のカフェで待つように川久保玲のような髪型をしたマヌカン風マネージャーに連れて行かれました。

16号線沿いのデニーズと、地元で近所のおばさんがやってる「喫茶プードル」が馴染みだった僕としては、80年代後期の西麻布にあるフレンチカフェやマヌカン風マネージャーがどれだけお洒落に見えていたか、想像に難くないことでしょう。

しばらくすると呼び出され、オフィスに入りカメラマンと会いました。写真館にいるおじさんではなく、初めて会うムービーのプロカメラマンです。彼は僕を上から下まで眺め、名前と経歴を聞き、そしてこう言いました。

「うちは蕎麦屋の出前持ちは要らないんだ、蕎麦を打てる職人が欲しいんだよ」

この言葉を、僕は今でも忘れることができません。

悔しかった、憤慨した。。。というのではなく、なんて粋な言い回しをする人なんだろうと。経験がないことを蕎麦屋の出前持ちに例えるだなんて、お洒落な人たちはお洒落なこと言うもんだなって感心していました。

さて、感心ばかりもしてはいられません。やっと掴んだシルクの糸ですから簡単に離す訳にはいかないのです。「雇って戴けないのは分かりました。ですが、僕はどうすれば良いのか教えてください」と僕も粘りました。

すると彼はしょうがないなって面持ちで「じゃあ、撮影スタジオを紹介するから、やってみるか?」と言い、電話を掛け、その日の内に面接を組んでくれました。

「ここには修行している仲間が沢山いるから、基本から学びなさい」

こうして紹介してもらったのが、僕がのちに働く六本木にある撮影スタジオだったのです。僕は、やっとスタート地点に立つことができました。

しかしこれはスタート地点でありながら、実は最大の間違いでもありました。

それは、それほど間を空けずに気づくこととなります。

ちなみにその時のスーツ。数年して会った、スタジオを紹介してくれたフォトグラファーからは「あの時50人くらい面接したけど、そんな格好して来たのお前ひとりだった。それも安物のスーツでな。」と言われ、面接をしてくれたスタジオのマネージャーからは帰りがけに「スガワラ君はさ、いつもその格好しているの?」と言われました。

いつもしているはずないだろ?とその時思っていましたが、知りませんでした。この業界、たとえ面接でもみんなスーツなど着ないのですよね。ましてや普通のビジネススーツは。。。

それから何年か経つと、自分がお洒落をするということ、身の回りに何を置くか、自分の個性を知る、つまり自分というアイデンティティーを表す意味が分かってきました。その部分ってクリエイティブといわれる仕事をする人にとって大事なんですよね。

もっぱら対外的な意味で。

その3へ続きます。

その2からの続きです。スタジオへの行き方を教えてもらい、西麻布から飯倉片町交差点そばにあるAXISビルまで歩いて向かいました。ホブソンズを曲がり坂を上り、テレ朝通りを越え、六本木WAVE、麻布警察署、青山ブックセンターを過ぎて、六本木交差点アマンドの角を...