ヒロシ、ボッチやめるってよ

働くということを、お金という数値への変換だと捉えると、

労働とは、対価を得る為の手段ということになる。

いかにお金をたくさん手に入れるか?

それが労働価値を測る目安。

 

けれど、

いかに人の役にたつか?、いかに人の喜びを作れるか?

という目線で、働くということを捉えると、労働の意味は全く変わってくる。

 

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僕はここしばらくの間、ライフスタイルの実験をしていました。

いかにミニマルに生きることができるか?

なるべくモノは持たず、お金を持たず使わず。

お金を得るための労働を、いかに減らして一日が過ごせるか?

 

お金から距離を取ることで、お金から自由になる。

そうした仮説のもとに、日々を過ごしていた。

 

実際お金から距離を置くことはとても良いことでした。

お金がなくても楽しい生き方は、ちゃんとできる。

。。。これってもちろん、やせ我慢じゃないよ(笑)

楽しいという感情と、お金を繋げなければいいのだから。

 

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なので結果的に、なるべく人と関わらずに、最小限の仲の良い人たちと過ごすことになった。

それはそれで良かったし、笑美という「妻であり親友である人」がいれば、

何不自由なく楽しく生きることはできていた。

 

しかし最近そうした生活に疑問が生まれて来た。

それは。。。

 

僕は人の喜びを作れているのか?って。

 

人は社会的な生き物なので、ただの一人で生きることはできない。

たとえばそれが、サバイバル的に、山の中や森の中でできたとしても、

日々生活のために時間が過ぎていくだけの人生が楽しいのだろうか?

僕にはそうは思えない。

 

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僕は笑顔の写真が好きだ。

写真に限らずとも、楽しんでいる人が発するエネルギーは、熱量が高く伝染していくもの。

楽しさのエネルギーが、その場にポジティブな空気を送り出し、周りの人の喜びを作る。

そしてその喜びは、また隣の人へと、笑顔の循環を生んでいく。

そう考えていると、今の自分に疑問が出てきたのだ。

 

僕はいま人に対して、

どれだけの喜びを作り出せているのだろう?

 

僕の生き方は、

お金から距離をとっているのではなく、

社会から距離をとっているのではないか?

 

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春になったからなのか、はたまたアタマに春が来たのか?

。。。理由はなんであれ、ヒロシは社会復帰することにしました。

今後は喜びを作る仕事をしていきます!