八ヶ岳のシェアハウス退去、そして思ったこと

去年の8月より、二拠点生活の八ヶ岳でのベースとして、お世話になっていたシェアハウス。

ここを4月17日に退去しました。

 

なぜ二拠点生活を始めたのか?

その理由は、リラックスする為だけではありませんでした。

 

場所を移動することにより、脳が活性化され、いつもとは違う視点で物事を考えられる。

体に新しい空気を入れ、東京で溜まった沈殿物を洗い流す。

 

ふたりともフリーランスの仕事をしているので、場所の違いによって仕事の能率も上がれば、

自然にも触れられるという思いがあったのです。

 

実際に住んで実験してみると、とても良い相乗効果がありました。

生活のベースをふたつ持つこと。

双方が日常であり、同時に非日常であり、どちらからでも刺激を受けられる。

その意味では、三つでも四つでも、さらにはベース自体を持たないのもありかもしれませんね(笑)

 

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今回シェアハウスに住んだのも、初めての経験でした。

オーナーはこのシェアハウスを、未来のコミュニティー形成の基礎の場として考えており、

その趣旨に賛同して入居する人もいれば、関係なく、場所がいい、なんとなく気に入ったと、

住む人によって集う理由は様々です。

 

ひとつ屋根の下に多くて10人弱の人間が住めば、良いことも悪いことも起きます。

それぞれの対人姿勢の違いも、如実に現れました。

 

「個人の枠と集団の枠」

「理解と不理解の間」

そうしたことに関して、個人間でも全体でも、話し合いを行いました。

 

例えば何かの問題が起こる。

その捉え方は様々です。

 

問題だと思う人

問題だと思わない人

問題があると思いたくない人

問題に気づかない人

問題に関わり合いたくない人

問題の解決よりも自分のエゴを通す人

問題だと思うこと事自体が悪いことだと思う人

 

人はそれぞれが、違う考えと習慣を持つものです。

共同生活でなければ関係しないことでも、ここで起こることは日常生活のこと。

どうしても見過ごせないことであっても、それぞれの立ち位置によって捉え方が違い、

話し合っても解決できないことがあると知りました。

 

そうして出した自分たちの答えは、ここを出るという選択でした。

 

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最後の夜。

オーナーが声をかけてくれて、全員出席しての送別会を行なってくれました。

みんな、手料理を作ったり、美味しいワインを用意したり。

そうして持ち寄りで始めた夕食の会。

 

実はその最後の夜が、このシェアハウスにいて「一番大笑いした夜」となりました。

みんなで楽しい夜を共有したいという思いが全体を覆って、暖かい雰囲気の中で楽しい宴が深夜まで進んでいきました。

 

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翌朝、部屋を出るにあたり、寂しい気持ちになりました。

 

「問題は住む人間同士にあったのではなく、世界の違う人と居たから起きた」

昨夜の楽しかった送別会から、そう気がつけたのです。

 

ここの人たちは、皆それぞれが楽しみたいと思い集っている。

しかし国籍や肌の色が違うように、人にはそれぞれが住む(信じる)世界というものがある。

その各世界の住人同士は、同じバイブレーションを感じるから容易に繋がる。

 

逆にいえば、世界が違うということは、共通言語も違うということになる。

それぞれの人は素晴らしくても、言葉が違えば通じることができない。

 

違う言語の人でも一緒にダンスをしたり、歌を歌ったり、食事をしたりということはできる。

けれど言葉が通じなければ、個々の問題解決はできない。

 

問題はそこにあったのだと気がついたら、なんだかみんなに悪いことをした気持ちにもなりました。

 

「問題なんて何もない」

そう信じればよかったのに。。。ってね。

 

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世の中に「世界」はいくつもある。

自分がどこの世界に居たいのか?

選ぶのは自分であり、動くのも自分である。

 

というわけで、八ヶ岳の生活を変えることにしました。

 

フェーズ1は、森の中にあるログハウスで温かな友人家族とともに。

フェーズ2は、様々な人々が集うシェアハウス。

 

未来のフェーズ3。

これまで同様、やったことのないことをしていきます!