One day One photo #Week 20* 180903-

毎朝8時に、写真と小さなコラムをお届けしています。

 

とはいえ、最近Macから離れ気味に。。。

携帯でさえ、用事がなければ触らない日々

人生の Chillax モードに入っています

 

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180903 (Mon)

木々の中を歩いていたら、足元に苔を見つけました

暖かなセーターを着ているようで可愛い

 

 

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180904 (Tue)

東京の部屋に帰ってきました。

八ヶ岳では、たまに都会の話が出るんだけど、僕は田舎(←これもう少しマシな呼び方ないかな?カントリーサイドって意味の)に行けば行くほど、東京が良く思えてくる。

それは、利便性なんていうどうでもいい話ではなく、自然には自然の、都会には都会の良いところがあるって、毎回改めて気づくからなんだよね。

そもそも、このふたつは比較するものではないんじゃないかな?

 

比較って始めると、必ず不便な点や問題点を出してくるでしょ。

けれど解決なしの問題の出し合いって、意味ないと思ってるんだよね。

世界中どこであっても不便な点があって当たり前。

問題があって当たり前なんだよ。

 

必要なのは、利点を出すというところ。

どんな良いことがそこにあるのか?

その各々の良さを知ることであって、不満点並べることには意味がない。

 

自分の視点が、自分の存在する世界を作っている。

問題は、場所ではない。

 

 

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180905 (Wed)

台風の影響で風の強い日でした。

歩きながら、子供の頃に図書館で読んだ、サザエさんの漫画を思い出しました。

その漫画の中で台風が来るにあたって、飛ばないように雨戸に板を打ち付けていたのです。

 

台風に限らず、日々色々な場面で思うけど、昔から変わらず危険も不安要素も世の中にはあるんだよね。

ただそれらが隠されている、もしくは見えにくくなっているだけ。

だからボンヤリせずに、自分の周りを注意深く見聞する必要がある。

これは自然災害以外でも言える事なんじゃないかな。

 

 

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180906 (Thur)

子供の頃

駅前のマンションに引っ越した友達がいた

一度だけ遊びに行ったことがあったのだが、そこはエレベーターが付き室内が綺麗なフローリング貼りで、窓からは周囲を見下ろすことができた

小さな一軒家に住む僕にとって、そのマンションが随分と現代的に見えて羨ましく思った

 

共同トイレの朽ちそうに古いアパート、窓から梨畑が見える木造アパート、遠くに海が見えるマンション、お洒落エリアにあるマンション、大きな公園の側に立つマンション、湾岸エリアの高層マンション

今まで、色々なところに住んできた

どこにも沢山の思い出があり、どこも当時の自分のライフスタイルに影響を与えていた

 

僕はこれからも色々なところに移り住んでいくと思う

そして、その場所場所で僕は何かを感じ、影響を受けて生きていく

これが僕のしたいことなんだろうな

 

 

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180907 (Fri)

仮眠をとったあと、夜遅くに出発

途中で停まったサービスエリアには、沢山のトラックが朝の明けるのを待っている

雲に太陽の光が反射し始めていた

朝日直前の時間

 

 

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180908 (Sat)

今朝ポールマッカートニーのライブを、ニューヨークから生中継するということで、Youtubeで観ていました。

精力的にアルバムを出し、ワールドツアーに出るポールさん。

1942年生まれだから、現在76歳。

声は衰えてきたとはいえ、20代の頃と同じキーで歌い、背筋は伸び、疲れも見せずに歌い切る姿。

これって絶対にトレーニングなしには、有りえない。

 

いくら凄い才能がある人だとしても、同じ時代に生きるひとりの人間。

小説の中の人でもなければ、伝記の中の人でもない。

凄いなと思う人からは、色々と学んでいきたいと思うのです。

 

写真は去年だったか一昨年だったかに、日本武道館で観たポールさん。

このライブは2時間半くらいだったかな?

最後までロックンロールしていました。

 

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180909 (Sun)

人生初のシェアハウス住まいをしています。

僕は人の写真を撮っていて、これを仕事にしています。
人の写真を撮るって、人を見て、人を理解して、自分の中でその人を解釈する必要があります。

つまり、多様な人たちが社会にはいることを理解した上で撮影に臨んでいます。

「多様性に対する理解」は、これまで多くの方々を撮影することはもちろん、旅に出て様々な国の人たちと出会い、話し、飯を食い、酒を交わし、ともに体験をする中で培ってきました。

けれどね。。。ずっと思っていたことがあって。
それは僕自身が集団に「属した」ことがほとんどないのです。

 

学生の頃はもちろん学校の集団生活の中にいた訳だけど、それ以降は自分の道を自分で選び、個として集団と仕事をしてきました。

これって結構タフなことでね。
いかに個としての特性や能力を強めることで渡り合うことができるのかが重要で、「みんなで一緒に」という集団的な発想をしていたら、フリーランスフォトグラファーとして役に立たないんだ。

でさ、そんな自分だからこそ、共同生活を味わってみたいと思って。
なんだか変だよね(笑)
でもしょうがないよ、やってみたいという衝動だから。

 

数週間いてまず感じたことは、シェアにおけるフェア。
共有の中の公平性。
これってどうやって保つのだろう?

誰かの正しいは、誰かの正しくない
誰かの良いは、誰かの悪い
誰かの好きは、誰かの嫌い
誰かの心地よさは、誰かの居心地の悪さ

そうしたものの塩梅を、共同生活の中でどう見つけるのだろう?
これってどの組織でも、会社でも、グループであっても、あり得る話だよね。

そもそも公平性というものは、共同生活においてあり得る話なのかな?

 

ただいま日常生活を通して、様々なことを勉強させていただいております。

 

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月曜日からは、week 21へ続きます

ここのところ、全く朝8時にアップ出来ていないです

それでも朝8時と書き続けます

僕にとっての小さな挑戦なので

毎朝8時に、写真と小さなコラムをお届けしています。 *************180910 (Mon)先週までの Chillax モードから、復帰傾向へ。ONとOFFは繰り返さないと、スイッチがあったこと自体を忘れてしまう。僕にとってのOFFは、休むことではなく、揺らして...