フォトセッション・インタビュー/北條毅さん①

わたしたちのフォトセッションでは、打合せから撮影当日、その後も写真のセレクト、使用媒体に合わせた調整と、長きにわたってやりとりを重ねていくので、単に撮影というよりは、フォトセッションを通してお互いを知り合えるようなところがあります。

そうした方々に、フォトセッションを振り返るインタビューをしました。

 

 

*****************

お2人目は、北條毅さん

西洋占星術を切り口に、真の自分に目醒め、宇宙の流れに乗って生きようとする人へ向けた活動を行っていらっしゃる北條さん。

今までに2回、撮影をさせていただきました。

 

北條さんは、なぜ写真を撮ろうと思ったのですか?

サラリーマンから独立して個人で仕事をしているので、自分の写真は年1回くらいは撮りたいなというのがあって。

僕は20代まで、写真から逃げまくってきた人間で。
「いかに自分の写真を残さないか勝負」を、ずっとやってきたんですよ(笑)

自己承認の低さ、自己肯定感の低さがすごくあったから、自分の写真を見たくないというのがあったんでしょうね。
でも、自分で独立して仕事やっていく上で、必要だと思ったんです。

 

ただ、その相手、向き合う材料は、なんでもいいわけじゃないですよね。

心理カウンセリングとかで、こっちが信頼できない相手にズケズケ入り込んで来られるとすごく嫌だし。

自分が心を許せない、「そこ真じゃないよ」という人にズバーンと突きつけられると、心を踏み荒らされたみたいな、逆に心が傷つくじゃないですか。

 

写真もそれと一緒です。

 

「自分にはこういう面ってあるんだよな」とちゃんと向き合いたい気持ちがありながら、「誰でもいいわけじゃないよな」という両面が、すごくあったんですよね。

そこを信頼できる、人としての器や厚みみたいなものがある人にこそ、委ねたいよなというのがあります。

 

 

友人など、関係が近い人に撮ってもらうことは、考えなかったんですか?

写真を、趣味レベルでやっている人は、周りに何人もいたんですよ。
だたそういう人たちに撮ってもらうのは、いわゆる僕のわかりやすいところを撮られている感があったんですよね。

まあ、こう見られているんだろうな、という。それ以上でも以下でもなく。

でも、もっと奥から滲み出るもの、自分で見ても「あーこんな自分いるんだ!」という、なんていうのかな、写真一枚が持つインパクトといったものは、感じられなかった。

 

自撮りは?

僕は、自撮りしようとは全く思わないんです。

自撮りは、自分の目線で撮っているから、自分の延長線上で見えているものを残しても、意味がないじゃないですか。
そこには興味がないんですよ。

だったら、人からの目線で撮ってもらった方が、発見がある。
そっちだったら自分の写真を見る価値がある。

 

 

僕は、人生1人で生きて来た感がすごく強くて。

仕事という形で関わりながらも、信頼できて身を委ねられる人というのが、本当にいなかった。

1人で取り組んで来たことをある程度やり尽くして、その上で限界があるからそれ以上どうしようかなと思っていたので、「一緒に作って行く」というところを広げてもらって、新しい発見があったなと思っています。

 

 

 

趣味レベルとプロフェッショナルの違いは、どんなところにあると感じますか?

ふわっと撮っているのか、それとも、ちゃんと見定めて、そこに集中して撮ろうとしているかの違いのような気がするんですよね。

趣味レベルだと、ふわっと、あー今いい雰囲気だから、パシパシ、あーいいねといっぱい撮った中から1枚みたいな。
そうしたものも僕の一面であることは間違いがないけど、使い方はやっぱり選びますよね。重要な場面では使えない。

 

でも、プロフェッショナルはちゃんと定めていく。

ここを撮りたいと、ちゃんと見えているものがある

それをどう写真に残すか?のために、ライティングを設定したり色々調整したりしながら、その1枚に集中していく、その集中力が全然違う。

それは、宏さんに撮ってもらってわかりましたね。

宏さんは、目線がブレないんですよね。変わらない確固たるものがガンとある。

それは接する人、見ている人からすると、すごい安心感ですよ。

 

私たちには、見えていると思うのはなぜでしょうか?

本気で生きて来た人たちだから。

しゃべらなくても現れるし、話したらもっとわかる。
そういう、人としての幅が違うので、ちょっとずれた話をしても、「そういうこともあるよね」って当たり前に受け止められる。

あー、宏さんと笑美子さんって、本当、いいなー(笑)

僕、波乱万丈に生きて来た人が大好きなんですよ。
そういう裏側になる下積みがあった上で、出てきている大きさ。
そこを思うと、たまらないですね。

 

作った「ガワ」みたいなものをいかに綺麗に撮るかという人は、いっぱいいるじゃないですか。

でも2人は、ちゃんと踏み込んでくれる。
その人の「シンの部分」に踏み込んでくれる。

それって、本当の自分を生きたいと思っている人には、すごく嬉しいことで。

 

ただ同時に、怖い人もいると思うんですよ。

どれだけの覚悟があるか?を、いろんな段階で試されるから。

 

北條さんの言う「シン」とは、軸の「芯」ですか?それとも真実の「真」ですか?

どっちもかな。
芯は、真実でもあるし、真実の部分は、芯の部分でもある。

人によっては、芯を勘違いしている人も、いっぱいいるじゃないですか。

そういう相手をフワっといい気持ちにして終わりでななく、もっと行こうよと切り込み、踏み込んで行くのは、踏み込む側の覚悟も必要。

 

人との向き合い方は、人生そのものが出る。

特に、少ない人数で密に接している場で、それは出る。

 

2人は、傷つきたくない、怖い思いしたくない、相手の評判がよければそれでいい、というのではない。

2人自身が自分の人生にちゃんと向き合ってきたから、あなたってここでしょと思う基準のラインが、人よりもずっと深いんですよ。

踏み込んで、そのプロセスで出てくるものは、人それぞれいろいろあるけど、2人には受け止める器がある
それは2人が自分に対する自己信頼があるからだと思うし、それが感じられるからこちら側も安心して身を委ねられる、飛び込めるんだと思います。

 

僕は人見知りなので、最初は怖かったですけど(笑)
でも、楽しかった。

人間としての関わりがあったことが、僕は、ほんと、嬉しかったですね。

 

 

part②に続く…

Part①は、こちらから。。。*****************1回目と2回目、それぞれ撮影してみてどうでしたか?1回目は、外に見せるための写真が撮りたい比率が高かったんですね。ビジネスが一気に拡大したので、がーっと頑張らなくてはいけない時期だった。あ...

 

北條毅

「宇宙の流れを地上に創る」
新たな時代を創造する人々へ、宇宙の流れを伝え、魂の目醒めをうながす活動を展開。

オフィシャルサイト:https://hojotsuyoshi.com/